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デノン・タウンの中心街にある、警察庁本部。ラパス連邦の首都であるこの街には、ありとあらゆるものが集まってくる。ヒト・モノ・カネ、そして、犯罪者たち。 「・・・あれ？マリアさん？」 二十四時間、ひと時も休まず機能しているこの城砦には、刑事たちの欲求を満たすための最低限の施設が一通り揃っている。滅多に使われることは無いが、簡易ながらもシステムキッチンと冷蔵庫が設置されているのである。 「どうしたんですか？こんなところで」 「見りゃわかるだろ、メシ作ってんだ」 振り返ったマリアは、美しい瞳で相棒のルカを睨み付けた。 黙って静かに立っていれば、どんな男も振り返り、傍に近づきたいと思う程の美貌。だが、一言話せば、わずかに動けば、できれば一生近づきたくないと思うだろう。マリアの連邦捜査官としての破壊力、もとい、能力は一般の刑事たちのレベルをはるかに超えている。 「珍しいですね、マリアさんがお料理してるなんて・・・普段は食堂を使っているでしょう？」 恐ろしいほどの童顔で、高校を出たばかりの子供に見えてしまうルカが微笑んでマリアの手元を覗き込んだ。 「・・・何を作っているか、訊いても良いですか？」 「何だろうな」 「あの・・・食べ物ですよね？」 「メシ作ってるって言ったろ！」 「じゃ、あの・・・何なんですか？」 マリアの手元にある物体は、およそ食品らしからぬ様相を呈していた。今までルカが見たものの中で一番近いものは、ゴキブリ用のホウ酸団子だったかもしれない。 「多分、丼モノだろうな」 「マリアさんが、召し上がるんです、か・・・？」 もし、そうだと答えたら、どうしよう。なんといってやめさせたら良いだろうか。この忙しい時期に、食あたりでダウンされたら、デノン・タウンの警察は破綻する。 もし、お前が食うんだと答えられたら、・・・その時はその時だ。食品以外のものを食べさせられることには不幸にして、耐性が着いて、慣れてしまっている。一時間も寝込めば、復帰できるだろう。相棒の悲壮な覚悟も知らず、マリアはしれっと答えた。 「この間ぶち込んだロンダーに食わせるんだよ」 「え？」 「あいつ、なかなかアジトの場所を吐かなくてな。もうこれ以上は待てん」 「・・・そうですか・・・でも、それだったら、僕に任せてくれれば・・・」 「お前みたいに、悠長に針を突っ込んだりしてる暇はねえんだ」 「随分な言われようですね、僕だって本当に拷問したことは一回しかないんですからね！」 「一回ありゃ十分だ、バカヤロー！」 「非常事態だったんですから！」 「非常事態でも何でも、お前が手を汚す必要はもう無い」 マリアは、乱暴で、強引で、横暴で、すぐに暴力に訴える凶暴な刑事で・・・だが、本当は誰よりも相手を、そして相棒を大切にしている。前任地で、誘拐された子供を救うためとはいえ、容疑者に拷問を加えたという汚点を一身に背負ってしまったルカに、これ以上傷を負わせたくない・・・そんなマリアの気持ちがわかるだけに、ルカは口ごもってしまった。 「でも、・・・だからってマリアさんが殴ったりする必要だってないでしょう」 「だからだよ」 「え？」 いつの間にか丼モノらしき物体、が出来上がっていた。 「あたしだって、そうそう暴力刑事と呼ばれたいわけじゃないからな」 「取引はいつなんですか？」 「今夜。もうタイムリミットだ」 匂いは、意外と普通だった。ほんのりと甘い出汁の香りが空腹を刺激する。 「美味しそうな匂いですね」 「ああ、そりゃ、普通の食材を使ってるからな。安物だけどよ」 「これで懐柔するんですね」 「脅すんだよ、バカ」 「脅すって・・・」 「あたしはどーも料理音痴の味音痴でな。自分で作ったメシは自分でも食えねーんだ」 「・・・マリアさん、普段は普通に食事してるじゃないですか」 「食う分には問題ないんだよ。作ってる時がどうもな」 匂いは、普通なのに。 見かけが悪いだけだと思ったのに。 単に、手際が悪くて見栄えが悪くなっているだけだと思っていたのに。 「吐くか下すかはその時の運次第だな」 「それを、ロンダーに食べさせるんですか・・・」 「今朝も食わせたから、そろそろ白状しやがるだろうよ」 普通の食材で、普通に作って、それを食べたら吐くか下すか？そんな物体を作ることが、可能なのだろうか？腐ったものを使うわけでも、異常な物品を投入するわけでもないのに、食中毒を起こさせるなんて・・・そんなものを、人間が、作り出すことが出来るのか？ 「悪魔・・・。」 その夜、デノン・タウン警察庁は無事、大量の麻薬取引現場を押さえることが出来たという。 |