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「あなたは所詮、タダの駒に過ぎないのよ。あなた自身に存在価値があるわけじゃないわ」 孔雀はぎりっと歯を噛み締めた。 「うるせぇ、手前なんぞに言われたかねぇ」 「ほぉら、カッとなるとすぐに暴力に訴えようとする。あなたはつまらない人ね」 女は艶然と微笑んで、豊かな巻き毛を軽やかに跳ね上げた。 「体が動かないときはどうするの？相手のほうが強かったらどうするの？動けないとき、どうやって相手を倒すの？あなたのやり方じゃ、誰も倒せないし、救えない」 「俺は誰も救わない。俺は、殺すだけだ」 「あらあら、そうやって逃げるのね？」 「逃げるだと？！」 「あなたは本当は救いたいと思ってる。殺すなんて、イヤだって思ってるくせに」 「一体何を根拠に寝惚けたことをほざいている？俺が誰かを救ったことなんて一度もないし、そうしたいと思ったことすらない」 「周囲はもちろん、自分にすらウソをついて、欺いて。それで淋しくないの？」 「勝手に話を進めるな、俺はいつも自分のやりたいように行動して、生きてきたんだ。今までも、これからも、ずっとだ」 「虚しい人生ね？ずうっと自分を騙して、自分は一人で生きているんだって言い聞かせて慰めて、ありもしない「存在価値」を守るために組織の歯車になりきる」 女の指が、すいと孔雀の眉間を指した。 「歯車がなければ機械は動かないかもしれないけれど、その歯車があなたである必要はどこにもないのよ？」 「うるせぇ・・・」 「あなたの居場所なんか、この世のどこにも存在しないわ」 「・・・黙れ！」 「永遠に誰からも求められない孤独の中で、野垂れ死ぬのよ！」 「黙れ。黙れぇええ！！」 かっと見開かれた孔雀の瞳。握り締められた右手が、青い焔を召喚しようとした、まさにその時------ 「君が黙れ！！」 ばかーん、と凄まじい音がした。 「いってぇぇぇ・・・何すんだよ！」 孔雀が振り返ると、豆おかきが入っていた大缶のフタを握り締めた翡翠が指を突きつけて、怒鳴った。 「シミュレーション・マシン相手に大声で喧嘩するんじゃない！うるさくて仕事にならないじゃないか！」 「だって〜、こいつ、ぜってームカつく！」 「当たり前だろっ、篭城してる凶悪犯相手に説得工作をする時のための教材ソフトなんだから、手ごわくて当然だ！君なんかが相手になるもんか！」 「でもなっ、こいつ、俺に向かって逃げるとか淋しいやつだとか孤独だとか言った！絶対俺のこと、貧乏で頭悪そうで女にもてなさそうで可哀想なヤツだと思ってるに決まってる！」 「・・・いや、それはちょっと被害妄想入りすぎ・・・」 「いーやっ、絶対にそうだ！だってこいつ、ちょっと金糸雀に似てる！」 翡翠は、思わず孔雀の頭を叩いてしまった缶のフタの凹みを直しながら、溜息を吐いた。 何で孔雀は僕の仕事を邪魔することしかしないんだろう。いっそ僕が「永遠に誰からも求められない孤独」の中に入り込んで、静かな環境で仕事を片付けてしまいたいくらいなのに。 「くそーっ、殴ったりできるリアルシミュレーション・マシンはないのか！」 「・・・『警察庁』にならあるかもね」 翡翠は「組織の歯車になりきる」ことの難しさをしみじみと実感しながら、次の書類を手に取るのだった。 |