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治安『法廷』にノックすら無しに入ってきた孔雀は、何故かいつも以上に機嫌が悪かった。 勧めても居ない応接セットにどかりと腰掛け、頬杖をついたまま一言も発しない。やがて、翡翠は孔雀が頬杖をついているのではなく、鼻のすぐ脇を押さえているのだと言うことに気が付いた。 「・・・どうしたの？」 「何が」 「いや、その左頬っていうか、鼻の脇」 「・・・母ちゃんに殴られた」 だからむっつりとしていたのか。案外可愛いところもあるじゃないか、と内心思いながら、宥めるように言った。 「母上は君を誰よりも心配しているから」 だから時には手を上げてしまうこともあるのだ。もちろん、体罰は文句無しに良いとも悪いとも言えないが。 「だって俺、寝てたんだぜ？」 「え？」 「実家に帰って、居間でゴロゴロしてたらうたた寝しちまってさ。そしたらいきなりガツン、だぜ」 「何か大事なものを踏んでたとか・・・」 いや、その程度のことで彼女にとっては命よりも大切な息子を殴りつけたりするだろうか。 「しかも肘打ち」 「・・・」 「最初、何が何だかわかんなくって、痛えって怒鳴って起きたら、いつの間にかかーちゃんも隣で昼寝してたらしいんだよな」 やっと翡翠は得心がいった。 寝返りを打った拍子に、孔雀の顔目がけて肘打ちを打ち込む形になってしまったのだろう。お互いに無意識、無防備だったから、まともに顔面に炸裂したのだ。 「俺が痛えな、ってもっかい怒鳴ったらお袋のヤロー、言うに事欠いて何て言ったと思う」 「あら、あんた居たの」。 「俺が先に寝てたっつーの！」 「・・・はは・・・」 「横へ勝手に寝に来といて、居たのはねーだろ、つったら、だってお母さん寝てたんだもん、わざとじゃないんだしそんなに怒ることないじゃない、だと」 確かに悪意はないし、家族間のことでもあるし、「ごめん」の一言で済む話ではあるが。 「・・・昼寝には気を付けないといけないね」 「おー、今度は何をされるかと思うと、迂闊に昼寝も出来ねーぜ」 孔雀はぼやいて、また鼻の脇をそっと撫でて、溜息を吐くのだった。 |