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「だって氷の女だぜ」 ランキング会議の後、巡察部に用があって部長と一緒に部屋に入った途端に翡翠の耳に入ってきたのは、そんな言葉だった。 「いっそ鉄の女でも良いと思うけどな」 揚羽人事部係長のことだな。 すぐさまそう思ってから、そんなことを殆ど条件反射的に翡翠がそんなことを考えついたことを揚羽に知られたら、それこそ氷のような視線を浴びせられることだろう。 だが、まあ、部下が上司の悪口を言って鬱憤を晴らすのも、ある程度なら認められることだろう。実際、彼らの話の内容も大して重要なものではなさそうだし。そう思って聞き流し、部長室に一緒に入ろうとした翡翠の足を思わず止めた言葉が飛び込んできた。 「でもさ、付き合ってる人とかいないみたいだし」 「・・・それは揚羽人事係長のことですか？」 思いがけないところから話に割り込まれた巡察官達がぎょっとした顔をする中で、翡翠は苦笑した。 何しろ翡翠と揚羽は法律大学の同期生だ。変な話が彼から伝わったら、と心配するのも無理はないだろう。 「私は彼女ならただの鉄より、チタンとか鋼鉄の方がより似合うと思いますが」 翡翠の放った暴言に、背後からくすり、と笑い声がして、慌てたようにエヘン、と空咳をしたのはさすがの翡翠も思わず吹き出しそうになった。 部長も同意見と見える。 「治安『判事』殿は、揚羽係長に付き合っている方がいらっしゃるかどうか、ご存じではありませんか？」 「うーん、本人が了承しているかどうかは知りませんが、確か昔から決められた婚約者が居るとか聞いたこともありますが・・・」 訊ねた巡察官の顔をしみじみと見つめながら、翡翠は呟いた。 「無謀だよ」 「は」 「彼女がその婚約者を素直に夫にするかどうかは別としても、何しろ相手はチタンの女ですから・・・」 「・・・はあ・・・」 「あなたの神経の方が擦り切れてしまうのではないかと心配です」 「・・・チタン製の下ろし金か・・・」 「高そうだな」 「やっぱり高嶺の華ってことで、諦めろ」 チタンの下ろし金とはなかなか上手いことを言うな、と思いつつ、涼しい顔をして部長室の中へと消えていく翡翠だった。 |