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泣きたいのに泣けない。 例えば、孔雀の飲み食いした食費の請求書が「今月はまた何でこんなに」と改めて思うほどに高額だった時とか。 例えば、店に孔雀が出入りすることがすっかり日常茶飯事になってしまって、たまに「メシ喰わせろー」と決して安くはないカクテルグラスをフォークでチンチンうるさく叩かれる時とか。 例えば、公務中の災害で怪我をしても、入院しても、必ずその頻度と階級と金額に応じて、一定率の費用を徴収される時とか。 例えば。 例えば。 「・・・いい月だなあ・・・」 千歳は思わず立ち止まった。巡察部に冷やかしに遊びに来ていた孔雀を「摘み出すついでに帰れ」と人事部係長に命じられた千歳は、嬉しい命令なのか辛い命令なのか、戸惑いながらももちろん言われた通りに退庁手続きをした。 『警察庁』本部玄関に立ち尽くす千歳を横目に見た後、孔雀は小さく首を傾げた。 満月ではない。 三ヶ月でもない。 何とも言えない、中途半端な形の月。 まあそれでも雲一つかからず、冴え冴えとした姿を見せている様は、確かに美しくはあるけれど。 「あ・・・っと、ごめん、帰ろうか」 千歳は少し苦笑して、歩き出したが、孔雀は少しの間、そこに立ち止まったままだった。すぐに千歳を追って歩き出したものの、それでも千歳が「何か奢れ」とか言われないかなーとか、そしたら僕も治安『判事』みたいに「奢る」の使い方がわからなくなるのかなーとか、余計な心配をした時、孔雀がぽつりと呟いた。 「泣きたければ、泣けば？」 「・・・えっ？」 「お前、さっき泣きそうな目で月見てた」 そう言ったきり、黙って後をついてくる孔雀。 千歳はまるでそこに誰も居ないかのような口調で言った。 「・・・仲の良かった女の子、・・・仲間、かな。彼女が殺された日の月が、こんなだったな」 「孤児院の仲間か」 「うん。爆殺されてさあ・・・お母さんの形見だっていう指輪と、そこにこびりついた肉の欠片しか残んなくて・・・」 千歳はもう一度、月を見上げた。 月はあの時と同じように、冴えた美しい姿を見せているのに、彼女は居ない。 自分は変わっていない。 いや、少しは・・・多少は変わっているのだろうか。変わっていられているのだろうか。 つ、と千歳の頬を水の雫が流れたけれど。 もう一度、孔雀を見た千歳は、微笑んでいた。 「近くにさー、『よなよな』って飲み屋があるんだけど。結構美味しいんだ、行かない？」 「行く」 孔雀は頷くと、笑った。 |