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とても、静かな晩だった。 全ての生物が死に絶えてしまったかのような、恐ろしいまでの静寂が世界を支配する。 ことり。 小さな音がした。 「・・・」 孔雀はゆっくりと立ち上がり、扉を開けた。 「来たな！」 「君が呼んだんじゃないか！」 「うん」 法服を脱いだ翡翠は、少し痩せて見えた。いつも華奢で痩せている翡翠だけれど、今日はいつもにも増して、ほっそりとして見える。 「何なんだい、一体・・・急ぎの用事があるって言うから、『大法廷』との懇親会を途中で抜けてきたんだ」 「まあこっちに来い」 今日はちゃんと靴を脱いで移界してきたらしい。翡翠の手にある靴を受け取って玄関へ置いてから、孔雀は翡翠を居間へ招きいれた。 「まあ座れ」 「一体何の用なんだい？」 翡翠は落ち着かない様子で尋ねた。 孔雀は『ガーディアン』たちのまとめ役のような立場に居る。ある程度翡翠がそれを期待しているということもあるが、そんなことをしなくとも、『ガーディアン』たちは『冥王』孔雀に一目置いているようだ。それは、単に強いというだけではなく、自分たちにはない「何か」が、どう足掻いても手に入れることの出来ない大切な「何か」を孔雀は得ているから・・・だから、彼らは孔雀を心の底では慕っている。翡翠には、そう感じられる。 だから、孔雀が「急ぎの用事がある」と言い出した時、他の『ガーディアン』たちが関係することなのかと緊張したのだ。 果たして。 「あのさ、お前、メシ食った？」 「そりゃ、一応は・・・」 「じゃ、これも喰え」 翡翠の目の前に出されたのは、何とも美しくデコレーションされた手作りケーキだった。しかも、直径二十センチ以上は悠にある。 「・・・僕一人で？！」 「いくら俺でもそこまで無理は言わない」 ほっとした翡翠に、孔雀は言った。 「半分ずつな」 「あの・・・早く用事を聞かせてくれないかな・・・」 「だから、用事はコレだよ」 「・・・君が作ったの？」 「違うよ。ユタの阿呆が店で出すケーキを調子に乗って作りすぎやがったんだ。責任取らせて無理矢理食わせたけど、どーしてもこれが一つ余ってな」 「なんで、急ぎの用事なんて・・・」 「保存料、甘味料その他無添加だから、日持ちしねーんだよ。明後日くらいに腐ったケーキを食わせて欲しかったのか」 翡翠はまじまじとケーキを見つめた。 確かに、美味しそうだ。孔雀のアルバイト先であるレストランのオーナーシェフは、料理の腕が良い。街の小さなレストランではあるけれど、かなりの人気を誇っている。彼が作ったものなら、味にも間違いはあるまい。 問題は、この大きさのケーキをたった二人で食べきろうとする、その無謀さだろうか。 「半分はいくらなんでも、無理だよ」 「そんなことあるか、この間俺はお袋と半分ずつ喰った」 「・・・でもね、ほら、僕には別腹って、無いから・・・」 「無くても良いから食え。お袋に食えてお前に食えねーわけがあるか」 無茶だ。 それ以前に、これが「急ぎの用事」なのか。確かに、『大判事』たちと酒を酌み交わしたいとは思わないが、孔雀とホールケーキを折半したいとも思わない。むしろ、こんな無理を強いられるくらいなら、『大判事』たちとの懇親会でダラダラと時間を潰した方が余程有意義といえる。 「グズグズ言うな！喰え！」 「・・・騙された・・・」 まるで、拷問だ。 翡翠はその後、体調を崩してしばらくの間、病人食のような食事しか摂れなかったという。 |