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暗くて深い穴の中で、人生について考えたことを思い出す。 何故、自分は拒絶されるのか。 何故、自分は嫌われるのか。 何故、自分は殺されなければならないのか。 殺される…？ 殺す、という意識が相手にあったかどうかはわからない。でも、「死ぬかもしれない」「死んでも構わない」と思いながら古井戸に突き落とす、という行為は「殺そうとした」と言っても構わないのではないかと思った。 あのときから、何も変わっていない。 あのときから、答えを見つけることができないまま、大人になった。 あのときは、自分には「親」がいたから。「親」に捨てられたわけではなく、死別したから、「親」に可愛がられていたから、「親」に愛されていたから。だから、周囲の子供たちは自分の存在を認めなかった。その存在を認めてしまえば、「親」に愛されなかった自分たちは哀れな子供なのだと認めなければならない。 違う、自分たちは「哀れな子供」たちなどではない、これが普通なのだ、子供には親は居ない、親は子供を捨てるものだ、親に愛されなかった子供などいなかったのと同じように、親に愛された子供などいなかった、こんなヤツは居なかった、……… 「殺してやる…！」 翡翠は目の前の男をただ、眺めていた。 「お前なんか、この世に居ない方が良いんだ…！」 では、今は何故殺されなければならないのだろうか。 何故、自分は嫌われるのだろうか。 何故、自分は拒絶されるのだろうか。 何故なら、拒絶されるようなことをしたから。 何故なら、嫌われるようなことをしたから。 何故なら、殺されても仕方がないようなことをしたから。……… ぐい、と肩を引き寄せられて、ふらついた。 「なにやってんだよ」 あからさまに翡翠を馬鹿にした声で、呆れたような仕草で、でも、何故か翡翠を支えて孔雀が言った。 「俺の昼飯を台無しにする気か？」 「…なんで君の昼ごはんが出てくるわけ？」 「お前がアイツに殺されたら俺は誰の金でお前に奢ってやれば良いんだ」 「僕が殺されたら僕に奢る必要もなくなると思うけど…」 翡翠を刺し殺そうとしていた男を蹴り飛ばしたのはまだしも、柱に激突させたのは狙っての事に違いない。翡翠は溜息を吐いた。 「やりすぎだよ、君」 「…殺されかけてたのはお前だと思ったんだけど」 「そうだけど」 「随分寛大なんだな？流石は治安『判事』サマ、か？」 「馴れちゃったんだ」 そう、馴れてしまった、それだけ。 殺されようとすることも、嫌われることも、拒絶されることも、全部。 「…ふうん」 孔雀は目を細めて翡翠を見た。 全てを見通すような、冷徹な、「観察者」の眼。 「嘘吐け」 「え？」 「殺されそうになるのには慣れるのに、俺にメシを食わせるのにはどうして慣れないんだ」 「…あの、それが判断基準？」 「殺されるよりメシ食わせる方がよっぽどマシだろ」 「限度ってものがあるんですけど…」 「俺はお前を食おうとしたことはないだろう！」 「いや、だからね…」 頭から齧られる夢なら何度か見たことがあるけれど。 翡翠はもう一度、溜息を吐いた。 「嘘じゃないけど…本当に、殺されそうになることに、慣れただけなんだよ」 「ホントか？」 「…うん」 「じゃ、俺にメシ食わせるのにも慣れろ」 「いや、だからね、…」 孔雀の蒼い瞳には、何の感情も浮かんでは居ない。翡翠には孔雀の心など、わかりはしない。 でも。 「努力します…」 「おお、死ぬ気でやれば人間何でも出来るよーになるもんだ」 「…そんなには頑張りたくないかなー…」 死ぬ気で、程には頑張りたくはないけれど。 少しは、頑張ってみてもいいかな、と思ってみたりもした。 |