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また、千歳が振られた。 いや、振られるのはいつものことだし。こんな恋人の祭典みたいな日に振られるのも千歳らしいかなとは思う。 「一発くらい殴ってやっても罰はあたらなさそうだけどな」 「僕らが殴ったら殺しちゃうよ」 それ以前だけど、と千歳は苦笑する。 確かに、一般的に言って女を殴るのはそれ以前の問題ではある。相手が自分と互角の相手なら構わないとは思うけど。普通、男と同等の戦闘能力を持つ女というのは滅多に居ないことに加えて、トレーサーに殴られても立っていられる女はこの世に居ないと断言しても構わないだろう。だから、俺たちは暴力は揮わない。たとえどんな女が相手でも。 「でもさ、最初っから二股かけてたような女、ぺちんとやられても文句言えないよなー」 俺がそういうと、千歳は首を傾げた。 「何だよ」 「いや、但馬は『そんな女に引っかかるほうが悪い』って言うと思ったから」 そりゃそうだけどさ。そんな女の性根を見抜けない千歳がマヌケなんだけどさ。だけど、千歳は良いヤツだから・・・取り柄のないヤツをとりあえず褒めとけってな意味の「良いヤツ」じゃなくて。「優しい」と「甘やかす」ことを混同しているんじゃなくて、本当に優しいやつだから。だから、そんな千歳を騙すようなヤツは許せなかった。 ・・・それにしてもやっぱり、それでも騙されるやつが基本的には悪いんだけどね。 「でもお前ら、上手いことやってると思ってたんだけどな」 「ん・・・でもなかったみたい」 「なんだよその他人事みたいな返事は」 「彼女だけ、になれない僕が物足らなかったみたい」 「・・・まさかお前」 「ちちち違うよっ、僕が二股かけられるほどモテるんだったら、こんなにしょっちゅう振られてないだろ！」 胸を張って言うような台詞じゃないけどな。とりあえずそれはこの際不問に付そう。 「仕事と私と、どっちが大切なの？！ってアレか？」 俺たちトレーサーはこの台詞に弱い。弱いって言うより、この台詞を言う女とは付き合えない、というのが正しい。そりゃ誰だって、自分を一番にして欲しいに決まってる。自分と一緒に居るときに、他の人間のことなんか考えて欲しくない。男とか女とか関係なく、自分のことだけを見ていて欲しい。 だけど、俺たちはそれが出来ない。緊急呼集が掛かれば、デート中だろうがお楽しみ中だろうが、相手を放り出して駆けつける。例外なのはトイレの中くらいだ。 「とりあえず、彼女と居るときに緊急呼集は掛からなかったんだけどね」 「じゃあ、何で？」 「わかんないけど・・・わかったんじゃないかなあ・・・」 「・・・」 実は、先週、殉職者が出た。課は違ったけれど同じ本部の巡察部、顔も見知っているヤツだった。どちらかというと俺や千歳とはウマが合わなくて、反発するほどではなかったけれど、仲が良いという訳でもなかった。 だけど、それでも同じトレーサー、仲間だから。 「・・・でもお前、そんなこと言ってると・・・」 「不器用・・・なんだよ。・・・」 淋しそうに微笑んだ千歳。 仲間の死を綺麗に割り切れるほど、器用じゃない。ぼんやりした見かけのくせに、トレーサーとしてはトップレベルの実力を誇る千歳だけれど、確かに、そういうところはいつまでたっても不器用だ。千歳が『警察庁』に入ってきたときから、知ってはいたけれど・・・。 「お前は職場結婚でもするしかないかなあ」 「え〜・・・奥さんは普通の優しい可愛い娘が良いなあ」 「贅沢言うな！」 三十キロは悠に超える突撃装備を背負って走り回り、凶悪犯相手に大立ち回りをする奥さん、てのも確かに、ちょっとヤだけどな。 |