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どんなものでも、どんなところへでも、どんなときにも。 お客様のお望みどおりにお届けいたします。 それが、俺たち「運び屋」のモットー。 「ここ、どこ・・・」 運び屋が道に迷ってちゃお話にもならない。俺はウンザリして天を仰いだ。 「・・・南白鳥があるってことは、ここは南半球」 星座が読めても、海の上なら役に立つだろうけど陸地じゃ意味がない。街中で迷っているなら尚更。南半球に居るってことくらい、仕事を始める前からわかってたことだ。大体、南半球から出る仕事は、まだやったことがないっての。 「腹減ったぁ・・・。」 朝に硬いパンと水みたいなスープを啜ったっきり、何にも口に入れてない。だけど、悠長にメシなんか喰ってる場合じゃない。辺りはもうかなり暗くなってしまった。いかにも旅支度、いかにもよそ者、いかにも何か持っていそう------金でなくても、換金可能なものなら何でもオッケー、という輩には目をつけられてしまいそうな出で立ちの俺は、良いカモだろう。ある程度の護身術は身につけているけれど、大勢で武器を持って掛かってこられたら、逃げるしかない。だけど、契約の時間は刻一刻と迫ってきている。 「いよう、ボーズ」 俺は舌打ちした。余計なことを考えるんじゃなかった。 「お使いかぁ？」 「悪いこたぁいわねえ、その荷物、置いて行きな」 鉈を持った男が二人、大刀を持った男が三人、ナイフを持った女が一人、ボウガンを持った男が一人。 「サイアク」 まさに、「大勢で武器を持って掛かってこられた」ところだ。俺はちらっと女を見た。 「ボーヤの可愛い顔に傷をつけられたくなきゃ、おとなしく置いて行きな」 女が蓮っ葉な笑いを浮かべる。俺は苦笑した。 「あーあ、やっぱり」 「何がやっぱりだい」 「おねーさんみたいな下品な顔してる女は大概性格悪いんだよなー。ブスに限って血の気が多いの」 「このガキ！」 女がいきなり振りかぶってナイフを投げつけてきた。俺が避けなきゃ心臓めがけてジャストミートコース。尤も、それを狙って挑発したんだから、投げつけてくんなきゃ困るんだけど。 「こいつ！」 ボウガンを構えた男めがけて手刀を投げる。利き腕に突き刺さった手刀のせいで、俺を射抜くはずだった矢が明後日の方向へ飛んで行った。細い路地から路地へ、勘を頼りに走り抜けていく。ああ畜生、あと十分で届けなくちゃならないのに・・・！ 「逃がすな、追え！ぶっ殺せ！」 しつっこく追いかけてくる奴らだな！他の街では大概これくらいで諦めて帰ったぞ、お前らも諦めて帰れよ・・・っ！ 「ほいお疲れさん」 岩のように硬いものにぶつかったと思ったら、腕を掴まれた。そのままねじ上げられて、あまりの痛みに息が止まりそうになった。 「放せよ！」 「そうはいかない」 「居たぞ、こっちだ！」 男たちが息を弾ませてバラバラと追いついて来た。みんな目が血走っていて、こんな状況じゃなきゃ笑い出したいくらいだ。 「このクソガキ・・・！」 「こいつが何かしたのか？」 俺の腕をねじ上げて、足を蹴り上げてやってもびくともしない野郎がのんびり言った。ちくしょーっ、こいつらの仲間でもないくせに俺を捕まえたってのか？！許せん！ 「うるせぇ、こっちへ寄越しやがれ！」 「そうは行かないよ、私にも用があるんだから」 「何だって？」 俺と、男たちの声が重なった。俺はこんなヤツ、知らねえぞ？！仕事中はなるべく目立たないように、ヘンなヤツと係わり合いにならないように、地味に行動してるってぇのに・・・。 「もう一度訊こうか。こいつがお前たちに、何かしたのか？」 「うるさいよ！つべこべ言わずにこっちへ寄越しな！」 怒りに形相を変えて、マジにブスな顔になっちまった女が金切り声を上げた。こーいう女って、怒りに狂うと何をしでかすか、わかんねーんだよなあ。鋲付きの鞭を振り回すくらいのこと、やりかねないぞ。なんてこと暢気に考えてる場合かよ、俺？！ 「ふーん。じゃあ、お前」 腕を後ろ手にねじ上げたまま抱きすくめられて、腕が折れるかと思った。目の前が真っ赤になって、きらきらお星様が飛び散ってる。あまりの痛みに声も出せない俺に、そいつが言った。 「私と契約する気はあるか？」 こいつ・・・！ 男たちが恐怖に目を見張るのを見て、俺は咄嗟に叫んだ。 「契約する！」 「よし」 すっと腕の痛みが消えた。膝から力が抜けて、倒れそうになったけれど、男が俺を抱いていたおかげで何とか地面と激突せずに済んだ。 「・・・放っておけよ」 畜生、まだ目の前が赤い。ちらちら瞬くお星様はかなり数が減ったけれど、それでもまだ瞼の裏にいくつか散っている。俺はぐったりと男にもたれかかった。 「余計な揉め事はもっと大きな揉め事を引き寄せる。荷物は無事だから、追うな」 「お前がそう言うなら、そうしよう」 男は俺の顔を上げて、じっと覗き込んだ。 「綺麗な瞳をしているな」 「止せよ、俺を食っても美味くない」 「・・・慣れているのか？」 「残念だったな。俺の育ったスラムは魔族の町の中にあったんだ」 「それはそれは」 男は金に光る瞳を輝かせて微笑んだ。 魔族。人間と契約を交わして、人間のために働いてくれる半面、命を奪い、魂を食らう魔物。そんな魔族の町のど真ん中にある人間のスラム・・・俺がどんな身分の人間か、わかるってもんだろう？ 「お前は綺麗なのに残念だな」 「ふん、外ヅラなんてどうとでもなるんだよ、身分のお高いヤツラに取っちゃ、血筋が大事なんだから」 俺は何とか体勢を立て直して、辺りを見回した。 「どうした？」 「花街へ届け物があるんだ」 「どの花街？」 「クラシ街。ファーン館のリタって娼妓に」 「それなら、俺が連れて行ってやるよ。すぐ近くだ」 「えっ、ホントに？」 なんてラッキーだ、まだ間に合う！ 俺は無事に届け物をリタに手渡すことが出来た。 「時間ぴったりだね、ありがとうよ！」 リタは本当に嬉しそうにそういって、俺に心づけをくれた。 それが一体何だったのかなんて、俺には関係ないし、興味もない。俺が運ぶのは、そいつにとって大事なものであって、俺にとっては何の意味もないものだ。運び屋が荷物や荷主に興味を持つのはご法度だから。 「・・・で、お前、何が望みな訳？」 娼妓館を出た後、俺は魔族の男に言った。よく見れば、剣士のような甲冑を纏っている。道理で、足を蹴っ飛ばしたところで痛くも痒くもないはずだよな・・・。 「言っとくけど、俺の魂なんか喰ったって無駄だぜ。俺は洗礼を受けてないからな」 「要らないよ、そんなもの」 そんなもので悪かったな。 思わずむっとしてしまった。でも、魔族にとって魂は魅力的なもののはずだ。それを、強がりかもしれないけれど、「そんなもの」と言い切るなんて、こいつ、生まれついて持っている魔力が相当強いのかも。 「私を、連れて行って欲しいんだ」 「・・・どこへ？」 「この街を、出たい。私一人では出られないんだ」 「だから言ったろ、俺は洗礼を受けてないんだって。アンタを繋ぎとめてる魔法を解除できるほどの呪力なんか、持ってない」 「わかっているよ。私を繋ぎとめているのは魔法なんかじゃないから、心配要らない」 「じゃ、何で？」 「必然性と蓋然性」 「はあ？」 「お前にはわからないよ、きっと」 そういって、曖昧に微笑んだ笑顔は、何故か淋しそうだった。 「よくわかんないけど。お前を連れて街を出れば良い訳だな？」 「連れて行って欲しいと言ったはずだが」 「え？・・・まさか、ずっとくっついて歩くわけかよ？！」 「契約したろう？」 あああ、畜生！魔族との契約は絶対なんだ・・・何でこんなことになるんだよ？！ 「ところで、お前の名前は？」 アタマを抱えている俺にさらっと尋ねたそいつに、俺は答えてしまった。 「ファルダ・・・ッ！」 はっと口を噤んだ俺を見て、そいつはにっこりと笑った。 「そうか、ファルダか。私はアルベールだ」 一生の不覚・・・。契約相手に名前を教えるなんて、俺ってバカだ・・・。上手くやれば、街を出たところで逃げられたかもしれないのに・・・あああああッ、ちくしょー！！ 「ファルダ、逃げても無駄だからな」 アルベールがにやりと笑った。 こぶ付きの運び屋なんて・・・サイテーだ・・・ああ回る回る、目が回る・・・。 この眩暈が精神的ショックからくるものなのか、空腹によるものなのか。とりあえず、両方ってことにしておこう・・・。 |