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たまたま仕事が終わって帰ろうと街を歩いていたら、たまたま一人の少年が数人の少年に取り囲まれているのを発見し、助けようとして声を出そうと息を吸い込んだ瞬間、たまたま千里の姿を見つけた少年が一里四方に響き渡るような大音声で「少年課のお兄さんたすけてー！」と呼ばわり、言葉の内容もさることながらその大音声に驚いた少年たちはクモの子を散らすように逃げ出してしまい、後には取り囲まれていた少年と息を吸い込んだまま固まっていた千里が取り残されていた件について。 「そんなに大きな声出して無いじゃんか」 「周り中のマンションの窓が開いたぞ」 お互いにむっとした表情のまま、オレンジシェイクを間ににらみ合う二人。 千里の言葉どおり、周辺の窓がガラリガラリと次々に開き、一斉に住人たちが何事かと首を突き出したのだ。残されていた二人は何も疚しいところは無い立場のはずだったのだが、流石に大勢の人間にじろじろと見つめられてばつが悪くなり、そそくさとその場を逃げ出して近くのファーストフード店に入ったのだった。 「…大体、なんであんな頓狂な声を出したんだ」 「おにーさんに聞こえなかったら困るからさあ」 「どうしてオレに聞こえなきゃ困るんだ？君ならあれくらい、なんとでもなるだろう」 「おにーさん、俺のこと買いかぶりすぎ」 くすり、と笑うと少年はシェイクを啜った。 「俺は特別な人間なんかじゃないよ？」 「だけど、君には力がある」 「違うね。俺の力じゃない。俺が他人より優れているところがあるとすれば、それは周りの人間をうまく使ったり、状況を利用することが出来る、ってところさ」 「それだけでも十分って気はするけどね。君自身の力ではない、と？」 「俺だけじゃ何の役にも立たない」 薄く笑う少年の目には、幾分かの謙遜の色が見えはしたが、決して嘘をついて誤魔化そうという意図は感じられなかった。 自分の能力の限界を知った上で行動に出る。 経験を積んだいい大人が己の力を過信して失敗することも大して珍しいことではないというのに、この少年は既にそれを卒なくこなすことが出来ているのか。 「…君、どこに住んでいるんだ？」 「ジュクだよ」 「真面目に答えなさい」 「ホントだってば。ねえ、リョーコさん」 「えっ」 思わず少年の視線をたどって振り向くと、こつん、と軽く頭を小突かれた。 「彼が逃げる気だったら完全に撒かれてるわよ」 「え？あっ…！」 振り向くと、ほんの一瞬の隙に少年は姿を消していた。慌てて店内を見回すと、レジ前でなにやら追加注文をしている姿を見つけることが出来て、ほっと息を吐いた。 隣に座った「リョーコさん」------嶋村涼子警部補が千里を見て苦笑した。 「よりにもよって、一番厄介なのにひっかかったのね」 「センパイ、彼をご存知なんですか？」 大学の先輩、嶋村涼子は単に「お勉強の出来るエリート」ではない、やり手の刑事として千里の憧れの存在である。…初めて出会ったゼミ見学歓迎コンパで飲み負け、盛り潰されたために、異性として見る機会を永遠に失ったのは、不幸というべきか幸いだったというべきか。 「知り合いなんだよねー、不本意ながら」 「君が言うんじゃないわよ」 「えーだってそうじゃーん」 戻るのも神出鬼没なのか、いつの間にか少年がトレーを前にして座っていた。 「光くん、何かあったの？」 「別に何も？」 「海原くんに捕まってるじゃない」 「捕まってないよ。助けてもらったんだよ。ねー、おにーさん」 「…センパイ、彼の家をご存知なんですか」 「何回かお邪魔したこともあるわよ」 「ここから近いんですか？」 「そうね、歩いても五分…十分はかからないわよね？」 涼子の問いに、少年------東城光はこっくりとうなずいた。 「だからジュクだって言ったじゃん」 「ご両親は何も言わないのかい？」 「不良オヤジだからねー」 「…言い得て妙ね」 「君、名前は？」 「おにーさん、ナンパ下手だろ」 思わずぐっと詰まって切り返すことも、無視して問いを重ねることも出来なかった千里だったが、光は笑ってあっさりと答えた。 「アカリ。東城光」 「珍しい名前だね」 「うん、でも少年課のブラックリストには載ってないよ。もちろん四課のもね」 「ちょっと」 見かねた涼子が二人の会話に割って入った。 「光くん、あんまり海原くんを苛めないで頂戴。君と違って真面目なカタブツなんだから」 「知ってる」 くすりと笑うと、光はトレーを持って立ち上がった。 「じゃーね、西ジュクのおにーさん、リョーコさん、あとよろしく」 何か声を掛ける暇もなく、するりと逃げられたような気分で後ろ姿を見送る千里に、涼子は溜息を吐いた。 「彼は絶対に認めないわよ。それを認めさせようとしているのなら、諦めなさい」 「…センパイは何かご存知なんですか」 「少しだけ。でも、キミと似たようなものだわ、殆ど知らないに等しいから」 そして、先輩は千里の肩を叩いて言った。 「知りたければ自分で、聞き出すことね」 長い間、一人で座り込んでいた千里はぽつりと呟いた。 「一人で何の役にも立たないのは、俺のほうだよ…」 |