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あと少しで地下街だ。あと少しで地下に潜れる。 そうしたら、忌々しい『トレーサー』を振り払うことができる。 あいつらは地下街をうろつく無法者が怖い、所詮は臆病者だ。地上では偉そうな口を叩いていたって、その制服の威力の及ばない、日の射さない地下では力なく萎れてしまう草花のようなものなのだ。 崩れそうな地下街への入り口をくぐった時、地階特有の湿った空気が身体を包んだ。地下の湿気と、下階から立ち上ってくる熱、そして------生臭い血臭。 ノイエ・オサカの地下街に巣食う犯罪者達にとっては懐かしく、自分たちを外界の「権力者」たちから守ってくれる優しい空気。階段を駆け下りながら、後を追ってくる足音が無いのに気付いてほっと胸を撫で下ろした。それと同時に、ご大層な装備を背負いながら、地下に潜った途端に手も足も出せなくなる『トレーサー』たちに対する軽侮の念が湧いた。 本当に口ほどにも無い奴らだ、どうせあいつらは俺が地下街に向かっていると知って怖気づいたに違いない。何が『トレーサー』だ、さまあみろ------ 「・・・ぐっ？！」 地下五階から六階へ降りる階段を駆け下りようと踊り場を回り込んだ途端、腹部にめり込んだ熱い塊。階段を転がり落ち、倒れこんだ右腕を踏みつけて抵抗を抑えた安全靴が言った。 「おかえり、ご苦労さん」 薄暗い光を背に、髪を後で束ねた若い男が笑った。 「案外遅かったなー。違う方向へ逃げられたかと思ったよ」 「だから絶対こっちだって言ったじゃん」 少々童顔の、人の良さそうなもう一人の男が大丈夫？などと言いながら手を差し伸べてきた。機動服を着た二人の『トレーサー』はのほほんとした顔をしていながら、恐ろしいほどに隙がなかった。 「一体・・・何時の間に・・・」 確かに、追って来ていたのはこの二人だった。一体何時の間に二人とも先回りしていたというのだ？しかも、地下街に潜伏してまで。尋常ならざるものを見るような視線に、童顔の方が笑っていった。 「『トレーサー』をあんまり甘く見ないほうがいいよ？」 手首に鉄の輪が食い込む。二人ともみかけは頼りなさそうな雰囲気だが、逮捕した被疑者に向ける視線の中には、ほんの一分の隙すらなかった。 「ま、アレだ、俺らから逃げ果せようなんてソレこそ」 澄ました顔で、髪の長いほうが言った。 「1000年早いんだよ！」 そして、ふにゃりと笑った。 「・・・ってトコ？」 「ところでさ」 被疑者を無事に本部まで連行した二人の『トレーサー』のうち、童顔の『トレーサー』、千歳がもう一人の『トレーサー』、但馬に言った。 「何で1000年？」 「何が？」 「さっきさ、あいつに1000年早いって言ったけど。普通、１０年早い、って言わない？」 「一人だけだったら１０年だけど、二人合わさると相乗効果で1000年になるんだよ」 「・・・ちなみに、どういう内訳？」 「千歳が１０年」 「但馬が１００年？ズルイよそれ！」 「1000年を因数分解したら１０年と１００年になるんだから仕方ないだろ！」 「じゃ、公平にルート1000年にするべきだよ！」 後日、二人はしばらくの間、「ルート1000年コンビ」と呼ばれることになる。 「なんか語呂悪い・・・」 「千歳がヘンなこと言うからだ！」 |