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今日は運が悪かったんだ。 宗佑は自分に言い聞かせながら歩いていた。 夜の街を彩るネオン。華やかな音楽。それらが手招いていても、宗佑はその誘いに乗ることが出来ない。財布の中身は全てパチンコ台に吸い取られ、かろうじて残ったのは小銭だけ、ときては気晴らしに立ち飲みの暖簾をくぐることすら出来ない。 表通りの明かりが目に眩しいこんな夜は、裏通りからこっそりと我が家へ帰るのが似つかわしい。些か拗ねた心持で、こちらの懐具合など知る由も無いポン引き達から逃れるように、文字通りこっそりと裏通りの路地へと入っていった先に待ち構えていたものは。 「もうそれだけしかないんだよう」 「るせえ！」 俯き加減に歩いていた宗佑がその声の喧しさに思わず顔を上げると、そこには中学生と思しき一団が、同じく中学生らしい少年を取り囲んでいた。 「たったこれだけで足りると思ってんのかよ、えぇ？！」 「で、でも、もう僕のお金はこれで」 「なきゃぁ親の金でも持って来りゃあ良いだろ！」 宗佑はウンザリして溜息をついた。 一体全体、恐喝というものは何故こうも類型的なのだろうか。まあ確かに、バリエーション豊かな恐喝というものの説明を求められると困るのだか。 「グダグダ言ってねぇで、カネ持って来りゃ良いんだよ！家にねえなら盗んで来い！」 怯えて竦んでいる少年の胸倉を掴んで、握りこぶしが振り下ろされる------ 「おいおい、多勢に無勢ってーのはないんじゃない？」 「な、何だ、手前？！」 「通りすがりのお兄さんだよ」 掴んだ手首を離さず、宗佑はあくまで軽く言った。 「相手がヤーさまならともかくもさー。ちょっとイケてないよーキミたちぃ」 「うるせぇ！離しやがれ！」 「こらこら、暴れない。まずは落ち着い・・・てっ？！」 間一髪で身を沈めた宗佑の頭上すれすれに空気を薙ぎ払ったのは、三段階調節の特殊警棒だった。 「な、なんちゅーモン持ってやがんだ！」 たかが中坊の恐喝、と舐めていた宗佑は慌ててもう一度周りを見回した。素手だと信じて疑っていなかった彼らは、手に手にバタフライナイフやチェーン、果ては鉄パイプまで携えて、宗佑を取り囲んでいた。 「俺たちゃ金の出所なんざどうでも良いんだ。手前からいただいたって良いんだぜ、おっさん！」 「お、オッサン？！失礼な、俺はまだオッサンなんて呼ばれるトシじゃないぞ！」 「死体になりたくなきゃ、さっさと出しな！」 特殊警棒を持った少年が殴りかかってきた。振り回し慣れているのか、意外にも鋭い攻撃を仕掛けてくる。あの、先ほど脅されていた少年はうまく逃げられたのか、と目で探しながらの回避行動だから、どうしても後手に回る。バタフライナイフを逃げた先が、チェーンの軌跡上にあることに気付いたときは、既に再び回避することは不可能な体勢になっていた。まともに喰らうことだけは何とか防ぐことができるはずだが、蚯蚓腫れの一つや二つは覚悟しなければならないかもしれない、そう諦めた時------ 「ぎゃぁっ」 ジャリッ、と鋭くチェーンが絡む音に重なった悲鳴。 「バカだな、シロウトじゃあるまいし、素手でチェーンを握ってるヤツがあるかよ」 くすくすと楽しそうに笑っている少年の声。 その手には細長いエル字型に曲がった鉄パイプと、それに絡め取られたチェーンがぶら下がっていた。その端にはわずかに血と肉がこびりついていた。 「梃子の原理を知らねーのかよ？支点と力点の距離が長いモンに勝てるわけないじゃん？」 小柄で華奢な体格の少年。色白で、少女に見紛う容貌は、確かに少年達を嘲笑う笑みを浮かべていた。 「このオヤジは見かけどおりのグウタラなだけじゃないぜ。お前等の手に負える相手じゃない、諦めな」 「・・・何モンだ、テメェら」 「何って、俺のオヤジだよ。大したもんじゃないけどさ」 一言多い。睨みつける宗佑の視線に気付かないフリをして、光はもう一度言った。 「見かけ通りの、ただのショボくれたオヤジだと思って見くびったら痛い目に遭うのはそっちだぜ。悪いことは言わないから」 それでもなお、少年達は二人の包囲を解かない。焦れたように、光がコン、とパイプでアスファルトを叩いた。 「わかんねえ奴らだな。そんなに俺に、シマ荒らしの現行犯だって因縁つけさせたいのかよ」 宗佑が口笛を吹きたくなった程に、見事に少年達の態度が変わった。 この新宿一帯を指しておこがましくも「俺のシマ」などと口にすることが出来るものは、この光しかいない。例え少年達の世界の中で、という注釈が付いたとしても、だ。 「やべぇ、『人形』だ！」 「逃げろ！」 「殺されるー！」 真っ青になった少年たちが、我先にと逃げ出し始める。あの、恐喝を受けていた少年までもが一緒になってどこかへ消えてしまったほど、光の名に対する威光は大したものだった。 「・・・人聞きわりーの」 憮然とした表情でパイプを放り出した光は、まるで他人事のように少年達とのやりとりを眺めていた宗佑に、その憤懣をぶつけた。 「大体、あんたも何であんなの相手にチンタラやってたんだよ」 「だってよ、ガキ相手だし」 「ただのガキがチェーン振り回すかよ」 「・・・ご尤も」 「それとも、何か理由があった？」 にやりと笑う光。誤魔化そうと思っていた宗佑だったが、正面切って問いかけられてはそうもいかなくなり、苦笑した。 「前に、リングで対戦相手を殴り殺しちまった話、したろ？」 あの時の、感覚が、忘れられない。 「・・・人を殴ったらな、殴ったほうも痛いんだよ。そりゃもちろん、殴られたほうがずっと痛いさ。でも、・・・」 できるなら、殴らずに済むなら、その方がいい。あの痛みを二度と味わわずに済むのなら。 「・・・この痛みは褪せることはない。・・・」 静かに父親の顔をじっと見つめていた光だが、ふと小さく息を吐いて、言った。 「・・・明日は雨かぁ。やだな」 「へ？」 「手。痛いんだろ？」 一体なんのことを言っているのか、首を傾げていた宗佑だったが。 「・・・神経痛じゃねーぞッ！」 「はいはい、わかったわかった」 「こーのーやーろーっっ！」 |