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「笑ってるのと泣いてるのとじゃ、どっちがいい？」 帰ってくるなり息子から、ただいまも言う前に訳の分からない謎かけをされた宗佑は、広げている新聞の上からじろりと睨み付けて溜息を吐いた。 「帰るなりわけのわからんことを言うのはやめろって何度言わせる気だよ、お前さんは」 「いやだからさ」 自分でも「わけのわからないこと」をいきなりぶつけてしまったという自覚はあるのだろう。ダッフルコートを脱ぐと、ソファーに座った一人息子、光は言い訳がましく言った。 「今日聞いた話なんだけど。西ジュクの少年課の兄ちゃんが、トオルって奴の弟をとっつかまえて説教してるときに言ったことなんだけど」 何故そんな話になったのかはもう「トオルの弟」もはっきりと覚えては居ないらしいが、「子供は泣いているより笑っている方が良い」という話をしたらしい。 「そりゃ一般論としちゃそうだろ。少年課ともなりゃあ、尚更だ」 宗佑はふっと煙草の煙を吐き出した。 「そう単純にいかねえのも世の中ってヤツだけどな」 「んー、それがさ、その兄ちゃんも判ってて言ってたみたいなんだよ。いつも笑ってばかりも居られないだろうけど、でも、どうにかしてやれるならそうしたいと思ってるんだ、って」 「・・・良い話じゃないか。で、お前はその話の何が気に入らないんだ？」 「別に気にいらないって言うんじゃないけどさ。本当にそう言える人が警官やってるってのは良いことだと思うけど」 「けど」。 ということは、全面的には賛成できない、ということか。宗佑は首を傾げた。そんな宗佑の様子を見て、光は苦笑した。 「いや、ホントにさ、別に文句言うわけじゃないけど・・・でも、やっぱ人間じゃん？小憎たらしいヤツとかが相手だったら、泣きっ面見てざまあみろって思うこともあるじゃん」 「そりゃあ、あるかもしれないけど」 「父ちゃんならどうさ？」 その時、光は本当に気楽に、問いかけただけだった。世間話以上のことをしているつもりもなかったし、宗佑を試しているつもりもなかった。宗佑はそんな光の気楽な表情に、遠い目をした。 「・・・そうだな。日頃、小憎らしいことばっかり言ってる時は、今に吠え面かくなよって思ったりもするな。でも」 宗佑の視線が、ぴたりと光に向けられた。 「・・・お前が泣いてると、俺ぁ困るな」 「こま・・・る？」 「いっつも憎ったらしいことしか言わないけどな。でも、お前が泣いてたら、どうしたら良いのかわからなくなる。だから、お前に泣かれるよりは」 宗佑は少し顔を顰めた。 「笑ってた方が良い」 光にくるりと背を向けると、新聞に顔を埋めた。 一方の光は、きょとんとした表情のまま、宗佑の言葉を頭の中で反芻していたらしいが、やがて、ぽつりと言った。 「・・・父ちゃん」 「うるせえな。俺は今生きるか死ぬかの瀬戸際に立ってんだ」 宗佑が顔を突っ込んでいるのは、一般紙ではなく競馬新聞だった。明後日に迫った重賞レースの予想を立てるためには、我が一人息子の存在など、もうどうでも良い世界に没入してしまったようだ。光は肩を竦めると、やくざな父親を居間に一人残し、自分の部屋へ引き取った。 ベッドの上へ、ぽす、と座り込んだ光は、思わず深い溜息を吐いた。 「・・・いきなりそんなこと言うなよなあ・・・反則だよ、放蕩オヤジのくせして・・・」 今が宗佑にとって修羅場の時期で、本当によかった。光は再び溜息を吐いて、一人赤面するのだった。 |