|
「・・・あのさ」 いつも元気で威勢が良く、ボス相手だからと言って遠慮などしないタチのライムが、妙にはっきりとしない、ためらいがちな態度で何事かを言い難そうに口ごもっている。キャット・テール怪盗団の首領、キャット・テールはさりげなく反応を確かめつつ、そっけない返事をした。 「何か用か？」 「えーと、・・・用ってほどのことじゃないんだけどさ」 「言いたいことがあるなら、はっきり言って見ろ」 普段、キャット・テールは部下たちには殆ど五月蠅いことを言ったことがない。怪盗団として行動を起こすためのチームワークを乱さないためのいくつかのゆるやかな規律以外は、ただ一つの絶対の誓い------「殺さず」を守らせているだけだ。いざというときの結束力を保つためにも、不満や意見は言わせるようにしている。つまり、「言いにくいこと」など存在しない、と言っても過言ではないのだ。 「もっと取り分が欲しくなったか？」 「・・・っ！」 きっと顔を上げたライムだったが、尊敬する「我らがボス」キャット・テールがにやにやと面白そうに笑みを浮かべているのを眼にして、更に怒りを------ただし先ほどとは違う種類のものだったが------露わにして、眦をつり上げた。 「俺は真面目に話してんだっ！」 「わかったわかった、悪かった」 「ったく、タチ悪ィなあっ」 「だから悪かったって」 悪かったと言いながらもまだくすくす笑い続けているキャット・テールをじろりと睨んだが、ライムはむすっとした表情のまま、話を続けた。 「言いたいことじゃなくて、聞きたいことがあるんだよ」 「そんなに訊きにくいことなのか？」 「まあ・・・だって、今更だし」 キャット・テールは肩を竦めた。 「人をさ。殺さない、っていうのは、どうしてかと思ってさ」 「俺の主義だ」 「知ってるけど。・・・けど、殺してまで盗まないってのは十分理解できるけどさ」 盗むときに殺さない盗人なら、いくらでもいる。キャット・テール怪盗団だけの専売ではない。窃盗・強盗と強盗殺人とでは、罪の重さが全く違う。だが、盗みの時だけではなく、私生活その他全ての時間に於いてキャット・テール怪盗団に名を連ねる者は、例えマフィア相手だろうと、軍隊相手だろうと、殺すことを許されていない。 「殺さなくても盗れる。・・・でも、それだけでもないんだろ？」 「はは、いいカンしてるな」 「キャット！」 「怒るな、本当に褒めているんだ」 キャット・テールはライムの目の前に握り拳を突き出した。それをくるりと返し、手の中にあるモノを開いて 見せた。 「・・・何だい、これ」 「以前、『冥王』が刀のことでこっちに来たことがあっただろう？」 「ああ、『月華蒼焔』・・・」 「アレを引き取りに来たときに、鉄骨の試し切りをしただろう。その時の欠片だよ」 とても鋼鉄の刃で斬りつけただけとは思えない、滑らかな切り口。成型して研磨したものだと言われても疑いもしないほどの、鮮やかさ。 「昔、俺が『冥王』に斬りつけられたときに逃げ果せた話をしただろう？あの時、『冥王』は明らかにやる気がなかった・・・それでも、逃げられたのは奇跡に近かった」 『冥王』孔雀が殺そうとしたことには何の意味もなかった。そこに居たから殺そうとした。追いかけて止めをさそうとしなかったことにもやはり、何の意味もない。直前に、十二分に人を斬って、飽きていたから・・・ただ、それだけ。 「だから、思ったんだよ。俺はどんなときでも、相手を殺さず、生き延びてみせる、って。たとえ相手が『冥王』であろうとも、逃げ果せてみせる」 だから、殺さない。・・・命を狙われて助かった人間が居ない、その『冥王』から逃れることができたなら、殺す必要はないはずだ。むしろ、殺さないことによって、自分の力を示したい。それこそが------ 「------俺の主義だ」 「・・・そっか・・・でもさ」 『冥王』は治安『判事』によって「殺意」を持つことを封じられた。人を決して殺さないキャット・テールは『特級』にランクされることもなく、従って『冥王』と真剣勝負で立ち会うこともない。 永遠に。 「ちょっと、見てみたかったな。キャットと『冥王』の戦い」 「無茶言うな、『冥王』の腕は今でも昔と全く変わっちゃいないんだぞ？むしろ、上がっているくらいだ・・・今出会っても、また逃げる自信はないな」 「・・・今のキャットでも、なのか？」 「無理だろうな」 あっさりと肩を竦めたリーダーに、ライムが信じられない、とばかりに目を見張った。 これが、実際に『冥王』を見た者と、見ていない者の差か------キャット・テールはある種の「断絶」を思いながら、言った。 「・・・だが、別の意味でなら、なんとかなるかもしれない」 「何で？」 「喰いモンで釣ったら、百パーセント、勝てるな」 「・・・カネじゃなくて？」 「カネよりメシだろ」 ほんの冗談のつもりの一言だったのだが。 ・・・何故か、キャット・テールは自分自身でそれを否定できないことに、内心憮然とした気持ちを抱かざるを得ないのだった。 「・・・俺は食い物以下か・・・」 |