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初めて巡察官として街に出たのが、ほぼ一年前。そこで第一線の三等巡察官について実地訓練を受けた。初日は少し緊張もしたが、大した事件は何も起こらず、「こんなものか」と拍子抜けしたことを覚えている。 だが、その訓練期間中に、塚沙は「現実」を突きつけられた。現場では「死」が日常的に潜んでいること、そして、指導官としてついてくれていた『トレーサー』が無事生還できたのは、まさしく奇跡以外のなにものでもなかったこと。本当ならば燃え盛る炎に包まれ、黒焦げの焼死体になっていただろう、ということを。 生まれて初めて、本当に「怖い」と思った。 そう言うと、指導官だった『トレーサー』はにっこりと微笑んで「本当に『トレーサー』になれたね」といってくれたのだけれど・・・。 被弾した弾丸は幸い肉を少し抉っただけだったため、治療を受けた塚沙は自分の足ですぐに巡察部へと戻った。扉を開けた途端、蒼白な顔色の新米巡察官が九十度以上に腰を折り曲げた。 「すみませんでしたッ、塚沙さんっ！」 「あー・・・」 お互いの足りない、目の届かないところを補い、助け合うのが巡察官だ。自分のミスのせいで相手が怪我をすれば詫びるのはある意味当然だし、そうしなければ自分の気持ちが収まらない、ということもある。塚沙も自分のミスで先輩『トレーサー』たちに迷惑をかけたり、逆にこちらがカバーをすることもあったが、そんな時にはお互いが「お互い様だよ」と言って気にしない。それが巡察官としての暗黙の了解でもあった。 だが。 「・・・すみませんで済んだら巡察官は要らないだろう！」 「はい・・・っ」 「『トレーサー』が犯罪者に怯えてどうするんだ！一体、お前は何のためにココにいる！」 塚沙の怪我は、この後輩『トレーサー』を庇ったためのものだった。初めての激しい銃撃戦に、新米の精神が悲鳴を上げた。ロクに動くことも出来ず、そのまま居れば共倒れにすらなりかねない状況で、塚沙が無理をしなければならない状況になったのだ。 返事も出来ず、悔し涙を懸命に堪えながら唇を強く噛み締めて俯いている。皆がじっと見つめている中、きっと顔を上げた。 「次は、ちゃんと戦います！」 「次はもっと激しい戦闘かもしれないぞ？」 「・・・僕に出来ることをします。怖くても、自分と戦います！」 その時。 くすっ、と誰かが笑った。 「誰ですか、今笑ったのはッ！」 自分が嘲笑されたのだと赤面した新米------佑珂だったが、何故か塚沙が佑珂よりも更に赤面して先輩『トレーサー』たちに向かって怒鳴っていた。 「ごめん」 全く悪かったと思っていないようなニヤニヤ笑いを浮かべているのは但馬。 「だってさーお前、自分より立派なこと後輩に言われちゃってるしー」 「ああもう良いですっ言わなくても結構ですッ！」 「えーなんでぇ〜」 「・・・あの・・・？」 静まり返っていた課室がいきなり和やかになった理由が全くつかめていない佑珂が不安気な声を出すと、塚沙が苦笑しながら振り返って言った。 「みんな怖いんだよ」 「え？」 「誰だって撃たれるのは怖いし、死ぬのは怖い。でも、本当に恐れるべきものは何なのか、何と戦うのか・・・それがわかっていれば、戦える」 「・・・はい」 「明日から、もう大丈夫だよな？」 負傷を負った塚沙は、今日はもうこのまま帰宅するように言われている。だが、明日からはまた第一線へと戻る。佑珂と、共に。 「・・・はいっ！」 だから、怒鳴りつけたのだ。恐怖の重圧に負けないために、動けなくなって、みすみす命を落としてしまうことが無いように。自分のためではなく、後輩の命を護るために。 「塚沙も一人前になったよなあ」 うんうん、と頷いている但馬。塚沙はイヤな顔をして佑珂に言った。 「空港チームはあまり手本にしないように」 「えーなんで？！ひどいよ塚沙っ」 「佑珂が但馬さんみたいに性格が悪くなったらどうするんですか！」 「何だとー！」 「僕は関係ないじゃん！」 「佑珂が千歳さんみたいに入院上手になったら困りますから」 どっと周囲の『トレーサー』たちが笑う。調子に乗った「いよっ入院貧乏！」などという野次まで飛ぶ始末だ。その中で、控え目に、だが一緒になって笑っている佑珂の様子を見て、塚沙は密かに胸を撫で下ろしていた。 最初の、この山を乗り越えられなければ、『トレーサー』として生き残れない。それを見極めるために、誰でも一度は先輩『トレーサー』から「生か死か」の二つしかない極限状態を叩きつけられる。だが、この様子なら大丈夫だろう・・・佑珂は『トレーサー』になれる。 ふと気付くと、千歳と但馬が塚沙を見ていた。 塚沙の「指導役」だったこの二人の『トレーサー』は、今でも、これからも、追いつくべき目標であり、「指導役」であり続けるのだろう。 ・・・願わくば。 自分も、佑珂にとっての「目標」たり得るような『トレーサー』であり、人間になれるように。 小さくうなずいて見せると、二人は塚沙にしかわからない程度に、しかし、確かに微笑みかけてくれたのだった。 |