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昼食は普通、昼に食べるから「昼食」という。 だが、昼に「昼食」を食べられない人間も多い。販売店や金融機関などの、限られた人数で窓口をまわしていかなければならない業種では、昼どころか「夜」になることもある。それ以外にもまともな「昼食」を取ることが出来ない人々は多くいる。 「昼に昼飯喰えるって、久しぶりだなー…」 「貧しい食生活してるんだねー」 「…何でさり気なくウチの署で飯喰ってんだ」 海原千里が振り返ると、後ろで東城光が千里と同じ「日替わり定食」を食べている途中だった。 「だってお昼だし」 「学校は！」 怒鳴ってから、しまった、と千里は口をつぐんだ。時期は冬休み、中学生は堂々と大手を振って遊び歩くことが出来る。尤も場所にもよるが、警察署内は文句のつけようのない場所の一つと言えるだろう。 「…学校が一年中やってたら良いのに」 「無茶苦茶言うなよ、センリにーちゃん」 「ちさと！」 「人間トシとったら似て来んのかな、とーちゃんも同じようなこと言ってたぜ」 「…」 一応、千里も光の父親を見知っている。といっても殆ど泥酔しているか、息子にたかって無茶苦茶な暴言を吐いている姿なのだが、一度だけ、刑事達にもわからなかった光の心の底の思いを見事に取り出して見せて、人間として鋭いところを見せつけたことがある。彼らは親子といっても血のつながりがなく、養子縁組をしてからもまだ一年とは経っていない。付き合いの長さに関係なく、「わかる」人間にはわかるのだ。そういう意味では、大した男だと思うが、幼児ならともかく、光の年頃の少年に「とーちゃんと似てる」とは言われたくない。千里も一応、まだ「おじちゃん」と言われたら傷つくお年頃なのだから。 「俺もさ、別にわざわざココまで食事しに来たんじゃなくてさ、ダチのダチが馬鹿なことしたから『そんな奴じゃないんです』って証言するのに呼び出されちゃってさ」 「そんなの裁判にでもならなきゃ」 「痴漢に間違われたんだってさ。痴漢したいくらい可愛いと思ってジロジロ見てたけど我慢してたらマジモンの痴漢がいたらしくって、そんでてっきりコイツが痴漢だー！って大騒ぎになったんだってさ」 馬鹿馬鹿しい、と言いながらもわざわざ休みの日に警察署にまで出向いて来てやるのは、友達を大切に思っているからなのだろう。 「でもさー、痴漢って現行犯でないとダメじゃん？しょうがないから、明日から網張って捕まえて汚名を返上するんだって張り切ってたよ」 「…ちょっと待てよ、君のダチのダチって」 「『ルシア』って暴走族のサブだけど」 「まさか、網って！」 「だいじょーぶ、捕まえるだけで絶対にそのまま警察に引き渡せって言い聞かせたから」 頭が痛い。 千里は溜息をついて、定食のホッケに箸をつけた。 『ルシア』というのはたまに新宿を走ったりもするが、殆どは渋谷で幅を利かせている、一番大きな暴走族だ。彼らは暴力団とは繋がりを持たない「硬派」だが、その代わりに警察の取締りでは一度も、一人も捕まえることができた試しのない、純粋な走行テクニックはもとより、「暴走族」としての「捕まらない走り」にも抜きん出た集団だ。そのサブ・ヘッドが「ダチのダチ」なら、ヘッドは「ダチ」なのかもしれない。幸いというべきか残念ながらというべきか、渋谷管内に千里は手を出せないから、繋がりを持とうにも持てないのだが、平然と「ダチのダチ」と言う光のカオの広さに今更ながら感心させられてしまう。 「ところでさ」 先に食事を済ませたのだろう、空のトレーを持って千里の隣りに移ってきた光が手元を覗き込もうとする。千里はイヤな顔をして見せた。 「もう食ったんだろ、やらないぞ」 「そうじゃなくて」 光が指さした先には、ホッケの開きがあった。 「センリにーちゃん、不器用だなあ。あんまり魚好きじゃないんじゃないの？」 「う、うるさいな！俺は魚は好きだ！」 「魚が好きな奴は食うのも上手いと思うけど。俺も魚好きだしさ」 偉そうに言うだけあって、光のトレーには綺麗に骨だけになった残骸が残っている。 「ホッケだって、そんなに食い散らかされたくはないと思うな。センリにーちゃん、骨ごと食っちゃえよ、上手く食えないんだったら」 「イワシじゃあるまいし、骨ごと食えるか！第一、おばちゃんに何言われるか判ったもんじゃねーだろ！」 「これだから一人暮らしの若い子は、とか？」 「判ってるなら言うな、クソガキ！」 「あーあ、俺はセンリにーちゃんに食われるホッケに同情するよ」 「ちさと！…魚に同情するくらいなら、君みたいにタチの悪いのにつきまとわれてる俺に同情してくれ」 「あ、少年課刑事にあるまじき問題発言です！」 「うるせー、久しぶりのまともな昼飯くらい静かに食わせろー！」 もちろん、「お前がうるさい！」と全員から怒鳴られたのは、当然のことであった。 |