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ポケットを探ったが、ライターが見つからない。確かに家を出るとき、煙草と一緒に持って出たはずなのだが…火がつけば問題ないか、と東城宗佑は喫茶店のマッチを擦って煙草に火をつけた。マッチが燃える独特の臭いが鼻をつく。ふうっと煙を吐き、マッチの燃えカスを携帯灰皿に入れようとしたとき、低い声が呟いた。 「燃えて吸われて捨てられて……か？」 「うわっ、びっくりしたッ」 隣に立っていたはずの息子、光が路面にしゃがみこみ、煙草の吸殻を手にこちらを見上げていた。 「灰皿持ってんならそっちへ捨てろよ」 「…癖なんだよ、こんなの持ち始めたの、最近だからな」 捨てろ、とばかりに灰皿の口を空けて差し出すと、光はそこへぽいと吸殻を放り込んだ。 「アンタ、いつからラッキーストライクに変えたの？前は違うの吸ってたじゃん」 「別に。たまたま押したのがコイツだっただけ」 「なに、節操ナシ系？」 「ムカつくからその『系』っての止めろ」 「でもさー」 「尾行中だったから銘柄はどうでも良かったんだよ。メンソールじゃないだけマシだ」 「あのさ、俺思うんだけどさ、尾行に目立ちたくないなら子連れ出勤は止めた方が良いと思うよ」 「仕様がねえだろ、尾行相手がガキなんだ、お前の方が目立たない場合だってあるだろ」 宗佑の目が追っているのは、中学生らしい年頃の、ひょろりとした少年だ。何か隠し事があるらしい、もしかしたら非行かも…！と、有名商社勤務の父親に内緒で息子の素行調査を依頼した母親だったが、宗佑は写真を見た瞬間に「ありえねー」と言いそうになり、その口を自分で塞ぐのに苦労したものだ。 「お前、あのガキ知ってるか？」 「知らないよ、俺のこと国勢調査白書か何かと勘違いしてない？少年課の刑事だって、全員のカオ覚えてるわけないじゃん」 「そうじゃねえよ、俺の言ってるのはカモにされてるヤツとして見たことはねえかってこと」 「だーからー、俺はカモをカモに仕立てて喜んでるようなヤツとはダチじゃないから知らないって言ってるだろ」 「ちっ、役に立たねえヤツだな」 「アンタ時々親として最低のこと言うよね」 「時々だからいーだろ」 確率の問題ではない、と反論したかった光だったが、反論したところでまた屁理屈をこね返されるだけだということが分かっていた光は、溜息を吐くだけにしておいた。 「ねー、俺もう帰っていい？疲れたよー」 「まあ待て待て、あいつが恐喝されて、その証拠写真を撮って、相手を脅しまくって二度とやる気になれねーくらいビビらせて警察にぶち込んでから、だったら帰って良いぞ」 「…それ、あとどんだけかかるんだよ…」 「恐喝されんのはあと十分足らずだよ」 「何でそんなこと…」 光は言葉を飲み込んだ。 少年のビクビク、おどおどした態度が一層強くなっている。左右を小刻みに確認する回数も、仕草も、だんだん切羽詰ってきている。確かに、「約束」の時間はもうすぐだ。 溜息を吐くと、光はすぐ傍に立っている電信柱を見上げた。 西新宿四丁目。 「…準にもうちょっとキツい締め上げ、頼んどくか…」 いちいち自分が仕事に借り出されるのではたまらない。 尤も、一番たまらないのは恐喝を受けている少年だろうが。 早くカツアゲに来ないかな、と光はうんざりしながら小さなカメラを構えている父親の背中を眺めていた。 |