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ぱたん。 翡翠は写真立てを伏せた。 「孔雀、『警察庁』から訓練に協力して欲しいという要請があったんだが、断るよ。いいね？」 「たりめーだ、何で俺が『警察庁』なんかに協力してやんなきゃなんねーんだ」 「何でも、模擬訓練ではマシンが追いつかない『トレーサー』が数人居るらしい。実戦を想定した訓練をしたい、という話だった」 「そんなだりぃ話、いちいち俺に訊かずにさっさと断れよ。殺して良いなら手伝ってやっても良いけど、『トレーサー』を殺したら俺が殺されるんだろ？」 「もちろんさ」 「じょーだんじゃねえ、そんな話誰が受けるか」 翡翠が伏せた写真立てを手に取り、孔雀はぼんやり眺めながら続けた。 「そんなん、『トレーサー』同士でやらせりゃ良いだけの話じゃねーか」 「互いのクセを知っているから、上手くいかないそうだ」 「クセのついてる、すっごい『トレーサー』って矛盾してるぞ」 翡翠は微かに笑ってペンを取った。 「わかるかい、やっぱり？」 「クセのある単調な動きしかできねえ奴なら、マシン相手で十分だろ。確かにある程度のクセは誰でもあるだろうが、訓練が上手くいかない位のクセなら、一発でおしまいじゃねえか」 「『警察庁』が言うには、訓練用の模擬刀というのがあって、まあ簡単に言えば立体画像のような刀を使えるらしい」 「で、ボディにはそいつが当たったら反応して、ダメージを計算するスーツがあるから、俺がもし本気で殺したくなっても生身には影響が出ないから大丈夫だ、ってんだろ？」 「実用化されたのが、比較的最近らしい。そのテストも兼ねて、是非『ガーディアン』と立ち会いを、ということだそうだ。何でも彼らには、『特級』すれすれの『上級』犯罪者を追うケースが多いらしいから、『特級』を狩る君たちのような人間と当たることは有益なのだと」 さらさら、と翡翠の手が動いている。五人の名を書いた紙をくるりと回し、孔雀の方へ滑らせた。 「…興味がわかないか？」 千歳、但馬、萩、伊万里、塚沙。 一人はまだ新人に多少毛が生えた程度だが、後の四人はいずれも三等巡察官で、『警察庁』本部でも指折りの腕利き『トレーサー』だ。彼らは単独で動くことが殆どだが、たまにはチームを組んで動くこともある。つまり、それだけ苛酷な任務ということでもあるのだが、そんな中でさえも犯罪者と戦う相棒のクセや動きを記憶に留め、自分のモノにしようとする、貪欲なまでの向上心------それは同時に「生」に対する執着心の現れでもあるのだが。 「けっ」 孔雀は写真立てを机に戻した。もちろん、翡翠に見えるように。 「言ったろ。ぶち殺せるなら引き受けてやっても良いが、それ以外のチャンバラゴッコなんか、ゴメンだ。それに」 写真立てをまた伏せようとした翡翠の手を掴み、孔雀が笑った。 「お前が煽ってどうするよ？俺がその気になって困るのはお前だろ？」 『警察庁』の言うとおり、模擬刀と特殊スーツを使用すれば、『トレーサー』と孔雀の命は保証される。だが、孔雀の闘争本能がそれだけで収まってくれるという保証は、どこにもないのだ。 もし『トレーサー』たちが善戦すれば、もし孔雀を手こずらせる程の動きをみせたら、もし孔雀の闘争本能に火をつけたら、もし孔雀が本気で「殺したい」と思えば------孔雀の武器は「刀」だけではない。畏界の炎を召喚する火焔呪、そして何もかもが未知数の第三の目、「凶眼」。 孔雀が一瞬でも衝動に負けて火焔呪を召喚すれば、五人の『トレーサー』は即死だろう。そして、また「あの日」が繰り返される…… 「最低でも、『警察庁』本部は丸焼けだ。お前の責任云々以前の問題だろ？」 「…でも、孔雀」 翡翠は、微笑み返した。 「千歳三等巡察官と、本気で、対戦してみたいと思ったことは何度かあるだろう？」 静まり返った部屋。 濃蒼の瞳が、興味を失ったように翡翠から目をそらし、手を放した。 「素直じゃねえのはどっちだよ？」 「そっくりそのまま返すよ、孔雀」 ぱたり、と再び伏せられた写真立て。 孔雀はそれを見つめて、呟くように言った。 「…お前、かーちゃん似だな」 「よく言われた」 「思い出すからか？」 「…早くこっちに来いって呼ばれるような気がして」 その時に浮かべた翡翠の微笑は、心の底からの苦しみを物語っていた。それを敢えて見なかった孔雀の答えは。 「出来の悪い馬鹿息子に早く死ねっていう親はいねーだろ」 「出来の悪い馬鹿、まで余分だ」 「じゃあ、いつまでたっても一人前になれない情けなくて身体が弱くて怪我ばっかりしてるけど腹黒さだけは世界一のドラ息子」 「どれもこれも大きなお世話だ！」 |