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ぴりりりり。 携帯電話が鳴った途端、眠り込んでいた海原千里はバチッと音がしそうな位に大きく目を開けて携帯を掴んだ。 「はい、海原」 がちゃっ、つー、つー、つー、つー。 一回のコールで切ってしまう、いわゆる「ワン切り」。ランダムに番号を選んで発信しているために、一般人だの警察官だのといった区別など全くなく、ただ、ただ、掛かって来るのみ、だ。 「…まだ七時前じゃねえか…！」 チョームカつくー、ＫＹってゆーかぁ、空気読めーみたいなぁ？ 過去に実際自分が補導した少年少女達に言われたことのある、ありとあらゆる罵詈雑言を頭の中で叫びながら、千里は携帯電話を閉じた。 何故に久しぶりの非番の日に、いつもの起床時間よりも早くに叩き起こされねばならぬのか。しかも、緊急事態発生の連絡や、故郷の無駄に早起きな母親から掛かってきたならともかく、「ワン切り」。どこぞの阿呆が掛けてこなければ、自分はまだまだゆっくりと惰眠を貪り、起きた後、太陽に向かって何となく「すんません」と謝ってしまってみたりするほど、じっくりたっぷりまったりと眠ることが出来たというのに、 「くそ、怒りで目が醒めちまった…」 もう一度、握った携帯を見れば、六時五十分。壁にかけてある時計に目を移したが、その時計もやはり六時五十分を指していた。 当然である。ただ、何となく、どうしても確かめてみたかっただけだ。千里は深い溜息をついてベッドの上にもたりと起きあがり、ぼんやりと天井を見上げた。 「あー…猫、飼いたい…猫じゃなくてもいいけど…」 自分と冷蔵庫と暖房器具以外の、暖かみのあるものの存在が恋しくなる。恋人や妻なら一番良いけれど、千里の給料と貯蓄状況では、結婚はまだ当分厳しい。何より厳しいのが、「いま恋人が居ない」ことだろう。自分一人で生きていくことは出来るが、結婚はいくら千里が頑張ったところで、一人では出来ない。 「猫はいいよな…好きなだけ寝て、好きなだけ食うのが仕事みたいなモンだもんなー…」 以前、先輩から「犬は餌をやったらやっただけ食い尽くしてしまうから長期間家を開けるのが難しい」という話を聞いた。その点、猫は自分が欲しいだけ食べれば後は見向きもしない。家を開けがちな独身の千里には丁度良い話だが、どちらかというと千里は犬が好きなのだ。それも出来れば、大型犬。たまに警察犬の訓練をぼんやり眺めていると、「お前もやるか？」とハンカチを顔に押しつけられたり、「そーら取ってこい」等と顔面にゴムボールをぶつけられたりする。そんなに羨ましそうに見つめているのかと不思議に思ったが、実際、訓練係に「一緒に遊びたそうなカオしてるなー」と笑われてからは開き直って、許される範囲で犬と触れ合って、人間にからかわれて荒んで傷ついた心を癒やしている。 だが。 犬猫を羨ましがるようになっては人間おしまいだ、という気もする。尤も、千里が癒やしてもらっている警察犬たちは日夜厳しい訓練を受け、仕事をしている、のだが。 「…せっかく早く起きたし、たまったビデオでも見るか…」 どうせ俺は怠惰な警察官さ、シェパードより劣ってますよ、それが悪いかよ。 千里は誰にともなく毒づくと、とりあえず布団を干すためにベランダの扉を開けたのだった。 |