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がちゃん。 手を滑らせた宗佑は、その姿勢のまま、固まってしまったように身動きをしなくなった。 「…何やってんの、とーちゃん」 光が流しを覗き込むと、光のマグカップがぱっくりと割れていた。 「何だ、落としたの？とーちゃん、手ぇ切ってない？」 もしも宗佑が割れ物で手を切ってしまったのなら大騒ぎするだろう、という随分な理由で、光は気のない声をかけた。もしも怪我をしていたら手当をしてやろうと思っていたが、固まっているくらいだから大丈夫なのだろう、と適当に考えていたが、いつまでも宗佑が流しを見つめたままなのに不審を覚えて、もう一度、今度は宗佑の顔を覗き込んだ。 「何やってんの、とーちゃんってば。水出しっぱなしだぜ？」 「え…ああ、ごめん」 「俺に謝ることでもないだろ」 「いや、お前のカップだから」 「へ？」 何の話をしているのか、本当にわからなかったくらい、宗佑は妙に深刻な顔をしていた。おかげで何を謝られているのか、水を出しっぱなしにしたところで財布が痛むのは父親だし、くらいにしか考えていなかったのだ。 「また買えばいいじゃん」 光は水を止めると、手を切らないようにそっと大きな破片を手で摘んで新聞紙の上へ拾い集めた。 「別にバカラのグラスが割れたわけじゃねーしさ」 「でも、このマグカップ、お前が持ってきたモノだろ」 「え？…ああ、そういやそうかな」 白地に、紅いシルエットでライオンの絵が描いてあった、ごくシンプルなマグカップだった。大きさや持ち手が丁度よかったから、気に入っていたと言えばそうなのだが、そこまで真剣に謝ってもらわなければならないほど、大切にしていたワケでもない。 「別に良いって。マグカップくらい、安いもんだろ」 「誰かにもらったんじゃないのか」 光は肩を竦めて首を振った。 そんなものをもらう程、あの家での居場所など、なかった。 「…じゃあさ、安モンで良いから、とーちゃん、新しいの買ってよ」 「えー…どんなのが良いんだよ」 「何だよ、えーって、全然誠意こもってねーの」 「言っとくけどな、マグカップに千五百円以上は出さないからな」 「なにその中途半端な金額」 「この間、店で見たのが二千円だった」 「ケチくせー…いいよ、千円でも、使いやすかったら」 欲しいのは、高価なカップではない。 誰かにもらった、プレゼントしてもらったもの、が欲しいのだ。使い勝手さえよければ、百円均一の商品でも構わないくらいだ。 「じゃ、百均な」 「…やだ」 「贅沢言うなよ！」 「人のカップ割った奴の言う台詞かよ！」 それでも、ちょっとは選んでみたい。 なにしろ、父親に買ってもらうものだから。 騒ぎ立てながらも、光は少しだけ、買い物に出かけるのが楽しみな自分が居るのを感じていた。 |