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あの人は、とても強い目をしていた。 諦めない、決して他人のせいにしない、強い意志を秘めた瞳。 あの人に近づきたい、という思いはいつしか「あの人のようになりたい」という想いに変わっていた。 何でも諦めてしまう自分を変えたくて。大切な夢をなくしてしまった（諦めてしまった）けれど、もう二度と同じ思いを味わいたくなくて。 「アルコールって燃えるだろ？でもマッチを突っ込んだら消えるのは何でなんだ？」 そんな言葉と共に、ぐい、と目の前にカクテルグラスが突き付けられる。志野は半分泣きそうな表情で言った。 「ちょ、ちょっと休憩して良いですか？」 「なんでー、ケチ。んじゃ、ワイン呑ませろ」 「はあ・・・赤が良いですか？それとも」 「何でもいーよ」 確か、手頃な値段で美味しい赤があったはず。孔雀の「財布」である人物の顔を思い浮かべながら、なるべく安いものを選び、栓を抜いた。 「お前さあ」 「はい？」 振ったそばから殆ど一口で、あっという間に飲み干されてしまう孔雀の相手は、まるで拷問にも等しいほどだった。カクテルを作る練習をしていた頃でも、ここまで辛くはなかった。何しろ、殆ど三時間近く、文字通りぶっ続けでシェイカーを振らされていたのだ。 「それ」 簡単にグラスの中のワインをあけてしまう孔雀の飲みっぷりでは、まるで葡萄ジュースだな、と思いながら指さされたものに視線を移した。 「煙草吸うの？」 「え？ああ、いえ、吸いません」 「何でライターなんて持ってんの？それ、ジッポのライターだろ」 深い青の、ライター。確かに、煙草を吸いもしないのに持ち歩くようなものではない。志野はそれを取り上げて、火を点けて見せた。 「孔雀さん、煙草は吸われますか？」 「吸わない」 「ジッポのライターってね、火が消えないんですって。強い風が吹いていても、煙草に火を点けることが出来るんです」 何度か火を点けては消したあと、志野は微笑した。 「以前、ある知人がジッポのライターを愛用していたんですけどね。彼女、とても強い人で・・・」 火が灯る。ゆらりと揺れる炎の向こうにあの人の顔が見えるような気がして・・・・・ 「決して人のせいにしたりしなかった。諦めずに、自分の想いを強く持ち続けることが出来る人で・・・その人が、言っていました」 「・・・何て？」 「どんな強風にも消えない炎。欲しいのはそれだけ」 どんな逆境にも負けない強い意志。どんなに強い向かい風が吹いていても諦めず、挫けずに持ち続ける夢。それを象徴しているようで、志野もライターを手に入れた。当時の志野には些か高価な買い物だったが、それを持っていれば、少しでもあの人に近づけるような気がした。 「私のお守りなんです。少しでも強くなれるように、って」 黙ってじっと志野を見つめていた孔雀は、ふん、とつまらなそうに鼻で嗤った。 「わっ？！」 「消えたじゃん、ほれ」 いきなりライターの上へ濡れた布巾をばさりと被せられ、火を消された志野は慌てて布巾を取り除いた。 「無茶しないで下さいよ〜、燃えたらどうするんですか」 「燃えねーだろ、濡れてんだから」 「そりゃそうですけど」 「お前の強さだの夢だのってのは、濡れ布巾で消える程度のものなのかよ？」 「え・・・」 「お前、指に怪我して弾けなくなったことあるんだろ」 店の片隅に置いてある、古いピアノを指さされて、志野は軽く目を見張った。店に来るお客の前で弾いたことなどほぼ皆無だったし、一度だけ孔雀たちの前で弾いて見せたことはあるが、ほんの僅かな小節だけで「昔の話ですよ」などといってすぐに弾くのを止めてしまった。たったそれだけで、志野の指のことを見抜くなんて。 「・・・どうして」 「左手の指の動きが少し不自然だからな」 傷跡ではなく、指の動きで見破った？志野は思わずしげしげと自分の左手を見つめた。今まで、昔の事故のことを知らない人間はもちろんのこと、知っている人間ですら、志野の怪我のことを忘れてしまっている程に回復しているというのに・・・。 「ライターなんかなくても良いだろ」 自分でグラスになみなみとワインを注ぐ手つきは、やはりどう見ても葡萄ジュースだ。志野は苦笑して、言った。 「・・・そのワイン、ご馳走させていただきます」 「ワインだけかよ、ケチ」 「勘弁してくださいよ、一体カクテル何杯呑まれたと思ってるんですかぁ〜！」 |