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「あのさ」 その日、翡翠は血も凍るような冷たい微笑を顔に貼り付けていた。相当に機嫌の悪い時、対外的に怒鳴りつけたりするのはまずいと判断された相手と対している時は、心が冷え冷えと凍えるような笑みを浮かべて、必要以上に相手と接触しないように牽制しているらしい。 誰もが治安『判事』を遠巻きにしている中で、ふらりと現れた少年------孔雀が言った。 「お前、４ＷＤの車って乗ったことある？」 「ないよ」 普段なら、孔雀相手でももう少し何とか取り繕った声を出すというのに、今日はまるで取り付く島も無い。だが、相手は『冥王』という二つ名で忌み恐れられた孔雀だ。その程度の不機嫌さなど、全く気も付かず、話し続けた。 「ないのかー。淋しいヤツだな」 「淋しくて結構」 「すっごく楽しいんだぞ。お前も一回乗ってみればわかるよ」 「結構だといっているだろう」 「ガツガツってあの感触がたまんないんだよな」 お互いがお互いに自分の言いたいことを言い合っているだけの不毛な会話だったが、そこで終止符が打たれた。 「乗せてやるから来い」 「…え？」 そこで初めて、翡翠の表情が揺れた。見開いた緑の瞳が恐怖の色に染められ、「『冥王』を目の当たりにした一般の人々」と同じような反応をしようとした。つまり、背を向けて逃げ出そうとしたわけだが、孔雀は翡翠の腕をむんずと掴み、引き寄せた。 「遠慮するな」 「イヤだ！僕だってまだ命は惜しいっ」 「失礼なヤツだな。それにこの間いつ死んだって未練なんか無いって言ってただろ」 「それは仕事上の話だ！好き好んでわざわざ危地に赴くほど僕はヒマでもないし自殺願望も無い！」 「お前がイヤだって言うなら『大判事』を乗せるぞ」 三分後、『大法廷』から異例の「公用外出」を認められた翡翠を連れて、嬉々として車に乗り込む孔雀がいた。 翡翠の顔色がなかったのは、言うまでもないだろう。 「さーどこに行こうかな。お前、どっか行きたいトコあるか？」 「お好きにどうぞ…」 どうせ時速四十キロ以上は怖くて出せないくせに、と思う反面、孔雀の運転なら時速三十キロでも怖い翡翠は、こんなヤツの隣にも座らなければならない教習所の教官というものを、生まれて初めて、心底尊敬したのだった。 |