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「質屋に持っていったらどのくらいの金額になると思う？」 掌にひんやりとした感触のものが乗せられた。うとうととまどろみかけていた光が目を開けると、手の上で小さな銀色の輪が鈍い光を放っていた。 「…殆どゼロ」 「ダメ？やっぱし」 やっぱり、という割にはあからさまな失望がそこにあった。 化粧品はサンローラン、バッグはプラダ、財布はグッチ、靴はフェラガモ、香水はディオール、洋服はシャネル、ティファニーのオープンハートは普段使いのアクセサリー。 光にとっては法華経維摩経曼荼羅の解説と大差ないように思えるブランドの洪水に身を投じているオジョウサマ。そんな彼女が手に取ることなど、天地がひっくり返っても考えられない、一見して手作りとわかるシルバーアクセサリー。質入れしたときにつけられる価値など、誰が見ても「ない」だろう。 「…なに、オモチャ？」 わざと軽く宙へ投げ上げて見せると、案の定酷く慌てたように手を伸ばしてきた。 「ちょっと、返してよ！」 「どーせ拾ったか誰かのものを巻き上げてきたんだろ？」 「違うわよ、それは…！」 「誰かに貢がせた？いーじゃん、お前の大好きなブランドでもなんでもないんだろ」 「そりゃ、ブランドじゃないけど…」 周囲に居た少年たちは最初は何の興味も示していなかった。彼らにとってもやはり、ブランド名など早口言葉程度の意味しかないのだ。だが、二人の会話が進むに従って、周りを取り囲み、面白そうに様子を伺い始めた。 「お前、いっつもブランドじゃなきゃイヤだっつってたじゃん。どうせ安物だろ」 「でも、あたしがもらったの！」 「質入れしたって五百円も出れば目玉が飛び出るってもんだぜ？俺けっこー気に入ったよ、千円出すから譲れよ」 「いやよッ！」 辺りに響き渡る、ヒステリックな拒絶の声。離れたところに居る大人たちが何事かと振り返り、少女の顔を眺める。なりふり構わない大きな声を出してしまったことに気付き、少女は一瞬たじろいだが、すぐにきっと光を睨みつけた。 「あたしがもらったのっ！安物かもしんないけどっ、でも、これはあたしにって作ってくれたのっ…！」 年齢に不似合いな、大人びた化粧をした少女の目から、大きな涙が一つ、零れ落ちた。 「お前のオトコがくれたんだ？」 くすり、と光が笑った。だが、その笑いは先程までの冷笑ではなく、ただ、微笑ましいから笑う、といった優しいものだった。 「お前のオトコ、東工大の学生？」 「…そうだけど、…何でアカリがカレシのガッコ知ってんの…」 「指導教員のクセみたいなのがあるんだよ。…でも」 光はもう一度、手の上の指輪に視線を落とした。 無名の、まだ学生に過ぎない若者が作った指輪だったが、…光が「結構気に入った」と言った言葉は決してデタラメではなかった。今はまだ指導教員の影響を受けているけれど、やがて自分自身の表現で作品を生み出すデザイナーになるだろう。光も専門的な教育を受けたわけではもちろんないけれど、望むと望まざると、「ホンモノ」だけを見て、「ホンモノ」だけに囲まれて育った幼年期にはぐくまれた、「もの」を見る目だけはそこらの美大や工芸大に通う学生には負けない自信があった。 だから。 「…質入れってのは、デザイン料は融資金額には算入されないんだよ。だから、シルバーには大した値段はつかない」 「そうなんだ…」 「貴石入りなら、それなりの値段がつくだろうけど、シルバーの値段なんてたかが知れてる」 光は指輪をつまみあげると、少女に差し出した。 「チープだよな。でもたまにはいいんじゃない？」 ブランドばっかだと飽きるだろ、と言った光は、イタズラっぽく笑った。 「でも、すぐにブランド女に戻んのかな？そいつ、いつか名の通ったデザイナーになるよ」 |